小林秀雄の「近代絵画」に 近代か中世か という物語

テヅカイチロウイイタイホウダイ

1

起承転結のあるキリストの物語をすて、すべての前提をすてて、
この「イマ」だけをミル。感覚スル。
あるいは「イマ」だけに「イル」。
そこは色も音もコトバもアル。といった瞬間に
何もないクラヤミとナンニモナイ「イマ」があらわれる。

ボードレールを引き合いに出し、
ドラクロア、モネ、クールベをひっぱり出し、
「ワタシ」という
「ワタシ」という「ココ」しかない、
それ以外のなにもないワールド。
いままでの世界と「イマ」の世界がチガウ。
ソレハアタリマエに思えるのだが、ナニカ、
チガウモノにチガウ状態になったとイウ。
ホントカシラネエ。

2

トータルなものがナイ。
なにもない瞬間 と思ったのだダケド そこには
オイサラバエタ ミジメナ肉があった。
「我はすべての書を読めり、されど肉は悲し」
そのサキのハナシ?
でも、オルテガ キェルケゴールがいっている、
「あまりに大きなスケールになった全体が、
世界がミエナイと人々はコレデイイノダ」
「コレダケヨ」「コレデスベテ」と感じる。
そういう人たち
そういう世界の現実(リアリティ)が近代というもののヤマイ。
サミシイネエ。

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